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松本三和:線の絵画と世界の変奏


松本三和は、ものの見方に対して独自な感性をもっている。それは、画家である松本が本能的に培ってきた感性である。あるいは、そのような感性をもっていることが彼女を絵画に向かわせたのかもしれない。松本は、自分の感性にきわめて忠実であって、そこから決してはずれないし、不要なものをもちこまない。ここから、彼女の作品に特有のスタイルが生まれている。

松本の作品は、即興的に描かれたような単色の線だけで成立している。色面は存在せず、きわめてドローイング的である。しかしそれは、ドローイングそのものではなく、やはりひとつの絵画作品として成立していると考えたい。松本の作品は線の絵画である。

つねに松本は、目の前にある具体的な対象を描いている。彼女にとって、対象との出会いは重要である。松本がなにを見て描いているかは、作品のタイトルからわかるが、それを理解することは必ずしも重要でないだろう。なぜなら松本は、個々の事物を描写しているわけではないからである。それでは、彼女はなにを描いているのか。それは、目の前に生起する現象であり、その現象があらわれる仕方であるといってよい。

一般にわたしたちは、個々の事物を輪郭の定まった固定的、静止的なものとして認識している。しかしこれは、事物をいわば外側から概念的に捉えたときの見方である。それに対して松本は、概念的に物事を見ていない。彼女は、目の前にあらわれるさまざまなものを単体として眺めないのであって、事物を独立的な物体に分割しないし、地と図を対立的に捉えない。このことは、世界を純粋な変化として凝視していることを意味する。

本来、わたしたちの生きている世界は静止していない。それは、一瞬のうちに姿を変えているのであり、決して同じ状態でありえない。松本の視線は、そのような動的な世界を捉えている。このとき世界は、輪郭をもった事物の並列ではなく、さまざまな事象が相互に関連しあいながら、つねに変化する持続としてあらわれてくるであろう。いわば松本は、対象が概念的に固定化される以前のありのままの状態に向き合っている。

松本がよく描くのは、木立や雨や光など、ゆらいでいるもの、移ろいゆくものである。明らかに彼女は、たえず変化し、同じ形をとどめないものに惹かれている。しかし、このゆらぎや移ろいこそが、本来わたしたちの前に世界があらわれることの本質なのである。

松本は、目の前にあらわれるものをできるだけ自然な状態で描こうとしており、画家の態度としてはむしろオーソドックスである。しかしその描写は、写実的な再現に向かわない。たとえば、西洋の幾何学的遠近法がつくりだす均質空間ほど松本に無縁なものはないだろう。遠近法は、リアルな三次元的なイリュージョンを実現する代わりに、時間的な要素を画面から駆逐している。それは、事物に堅牢な輪郭を与えることによって世界を凍結させてしまう。それに対して松本は、輪郭によって固定化されることから事物を解放するのであり、たえず変容する世界へとふたたび投げ返すのである。

松本は、決して多くの線を描かない。画面は、ほとんど最小限の線から成り立っている。おそらく彼女にとって、描きこむことによって逃げてしまうなにか大切なものがあるのである。そのために松本は、最小限の線によって本質的なものをつかむという選択をする。

世界は絶え間ない変奏のなかにある。松本が捉えようとしているのは、その一瞬一瞬のあらわれである。だから、松本の画家としての課題は、目の前にあらわれる現象、つねに変化し続ける世界をいかに絵画として実現させるかにあるだろう。しかし、単に対象のかたちをなぞるだけでは、本来もっていた変化の多様さが失われてしまう。松本が行っているのは、目の前の変容する世界を線の律動として画面によみがえらせることである。

松本の線は、それ自体がひとつの運動としてある。彼女は、線に生命のリズムを与えるのである。その線は、輪郭の一部をなぞっているようでありながら、相互に関連しあい、共鳴しあうことによって、画面のなかにひとつの調和をつくりだす。つまり、松本の絵画そのものが絶え間ない変化を内包している。単にそれは、かつてあったものの再現ではなく、今まさに生まれつつあるものとして存在している。いわば松本の描く線は、永遠の現在をつくりだしている。このとき彼女の絵画は、世界の変奏そのものになる。

松本は、たえず変化する世界を絵画という二次元の平面に改めて誕生させている。そうすることによって彼女は、目の前に生起する世界の多様性を積極的に肯定しているといえるのではないか。わたしたちは、松本の絵画によって改めて世界と出会い、新たに世界を発見することになるだろう。


2008年6月
掲載;「松本三和 昼」展覧会リーフレット(ギャラリーフルヤ

(c)NISHIMURA TOMOHIRO

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