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実験映画とアニメーション


いわゆる実験映画のなかには、アニメーションの技法によって制作された作品が少なくない。実験映画にとって、コマ撮りはひとつの常套的な手法といってよい。しかし、なぜ実験映画にアニメーションが多いのか。

実験映画は、映画における表現の革新を目指し、それまでになかった新しいイメージを追及した。アニメーションは、現実の時間や空間の制約にとらわれず、イメージを自由につくりだすことができる。実験映画の作家たちを刺激したのは、このイメージの自在さであろう。彼らは、新しい表現やイメージをあみだすため積極的にコマ撮りを導入した。

もうひとつ指摘できるのは技術への関心である。映画の技術が成立する上で動画(アニメーション)の原理は不可欠である。静止画である写真に時間を与えたのは動画の原理であった。実験映画は、映画が独自にもっている技術や構造に直接働きかけることによって作品を制作することが多い。映画の技術的な本質から表現を構築しようとする態度が、実験映画をアニメーションに向かわせているだろう。

実験映画とアニメーションの関係を考えるとき、二つの方向を考えることができる。ひとつはアブストラクト(抽象)であり、もうひとつはシュルレアリスム(超現実主義)である。アブストラクトとシュルレアリスムは、20世紀初頭の前衛芸術運動の重要なテーマであった。前衛(アヴァンギャルド)映画は、前衛芸術運動から生まれた実験映画だが、そこにはすでにアニメーションによる作品が登場している。

前衛映画のひとつに絶対映画と呼ばれるものがある。これは、1920年頃に誕生した純粋抽象の映画で、ワルター・ルットマン、ヴィキング・エッゲリング、ハンス・リヒターが代表的な作家である。とくにエッゲリングやリヒターは、ドイツのダダイズムと深く関わっていた。彼らが抽象映画を制作する上で考えたことは、絵画を時間的に(音楽的に)展開することであったが、このときアニメーションの技法が活用された。

1930年代には、音楽と形態の運動を一致させる抽象アニメーションが生まれている。絶対映画の影響を受け、そうした作品を制作したのがドイツのオスカー・フィッシンガーである。またイギリスでは、レン・ライやノーマン・マクラレンが同様の作品をつくっている。この二人は、フィルムに直接作画するなどアニメーションのさまざまな実験を行ったことでも知られている。1930年代には、日本でも荻野茂二らによって抽象アニメーションが制作されている。

一般にシュルレアリスム映画は、サルバドール・ダリとルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』(1928年)に代表されるように、基本的に実写の映像であってアニメーションではない。しかし、たとえばレン・ライは、ロンドンのシュルレアリスム運動に参加して絵画を制作していた。彼の処女作の『テュサラヴァ』(1929年)は、ポリネシアの土着芸術から影響を受けたアニメーションだが、これを一種のシュルレアリスム映画と見なすこともできよう。

その後、フィッシンガーとレン・ライはアメリカに移住し、マクラレンは一時アメリカにいてカナダに移った。彼らの作品が戦後の実験映画に与えた影響は大きかった。戦後のアメリカに台頭した実験映画はアンダーグラウンド映画と呼ばれるが、抽象アニメーションも数多く制作されている。ハリー・スミス、ホイットニー兄弟、ジョーダン・ベルソン、ロバート・ブリアらが主な作家で、スタン・ブラッケージも晩年に抽象アニメーションを試みた。彼らの抽象映画は、フィッシンガー、レン・ライ、マクラレンの作品から多くの技法を学んでいる。

アンダーグラウンド映画では、スタン・ヴァンダービークやラリー・ジョーダンのようにコラージュ・アニメーションを手がける作家もいた。もともとコラージュという手法は、ダダイズムやシュルレアリスムで多用されたものである。コラージュ・アニメーションに前衛美術との関連性を指摘することもできよう。

戦後の日本でも多くの実験映画が制作されたが、アニメーションに対する関心も高かった。早くにはグラフィック集団の『キネカリグラフ』(1955年)のようにマクラレンの影響を受けた手彩色の抽象映画があるし、1960年代に制作された個人制作のアニメーションには、抽象的な作品、飛躍したイメージをつないだ幻想的な作品が多い。

戦後の実験的なアニメーションにシュルレアリスムが与えた影響は世界的な現象である。たとえば、チェコのヤン・シュヴァンクマイエルは、幻想的でグロテスクなアニメーションを制作する作家だが、若い頃にシュルレアリスム運動に参加していた。アメリカのスーザン・ピットは、つねに内面的な世界を幻想的に描くアニメーション作家で、明らかにシュルレアリスムの影響を受けている。ポーランドのラウル・セラヴェに『夜の蝶』(1997年)という作品があるが、これはシュルレアリスム画家ポール・デルヴォーの絵画に基づいたアニメーションである。

幻想的イメージを自在につくりだすことのできるアニメーションは、シュルレアリスムと相性がよい。意識しているかどうかは別にして、今日の個人制作のアニメーションの多くは、シュルレアリスムの伝統を継承している。かつてアド・キルーは、「映画はシュルレアリスムの本質に根ざしている」と書いた(『映画とシュルレアリスム』)。これは、本質的に映画が想像力や夢、無意識的なものを表現する手段だという意味である。キルーの言い方を借りるならば、アニメーションそのものがシュルレアリスムの本質に根ざしているといえよう。


2007年7月
掲載;『アート・アニメーション・フェスティバル』(愛知芸術文化センター

(c)NISHIMURA TOMOHIRO

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